
工事中に不発弾爆発で2人重軽傷
糸満市小波蔵(こはぐら)で水道工事中に不発弾爆発で2人重軽傷を負う爆発事故発生。
今日の沖縄タイムス夕刊の記事から、(2009/1/14)
平日の朝、突然「ドーン」と大きな爆発音が響き、衝撃で近くの老人福祉施設や寺のガラスが割れた。
1月14日午前8時20分ごろ、糸満市小波蔵(こはぐら)の「老人ホーム沖縄偕生園」裏の歩道で、水道工事中に不発弾とみられる爆発事故があった。
付近には土砂が飛び散り建物はガタガタと揺れた。
ショベルカーを操作していた東信興建(豊見城市)の重機オペレーターが顔や頭に重傷を負い、県立南部医療センターに運ばれた。
搬送時には意識はあったという。

爆発現場に面した部屋のガラス窓のほとんどが割れ、部屋の中に飛び散っているほか、地面には建設機材の一部とみられる長さ約50センチのスプリング状の部品などが散乱していた。
駐車場の乗用車は後部座席のガラスが粉々に飛び散っていた、また、「老人ホーム沖縄偕生園」に前日から短期入所していた男性(75)が、右かかとにガラス片で切ったとみられる軽いけが負った。
爆発の衝撃で老人施設の窓ガラス100枚以上が割れた。
糸満警察署が現場検証し、事故原因などを調べている。
糸満警察署によると、重機オペレーターの古波蔵(こはぐら)さんは当時、水道管敷設工事のため、ショベルカーで深さ約一メートルの穴を掘っていた。
地中に埋まっていた不発弾に触れて爆発したとみられる。
現場にいたほかの二人の作業員にけがはなかった。
軽傷を負った入所者の男性は窓際に寝ていたという。
沖縄県立南部医療センターによると、重機オペレーターの古波蔵(こはぐら)さんは爆風で体の前面にやけどを負っており、特に胸から上の損傷が激しく重症という。
集中治療室で治療している。
会見した救命救急の神山佳之医師は「傷の程度はかなりひどく、予断を許さない状況。
しっかりとした診療態勢が求められる」と説明した。
爆発の影響で、現場には直径約5メートルの穴が開いた。
土砂などが約200メートル四方に飛び散っている。
不発弾爆発現場の小波蔵区には約60世帯200人が住んでいる。
近くにある泰眞寺の窓ガラス一枚も割れた、「ドーンという大きな音とともに、寺が揺れ、天井が崩れたのかと思うほどの衝撃で、まさか不発弾だとは思わなかった」と驚いた様子だった。
「あの辺りは第二次世界大戦の激戦地で、慰霊碑や壕もいっぱいある。不発弾が埋まっていてもおかしくない」。
沖縄県警は同日午後、現場近くに不発弾が残っている可能性があるとして、陸上自衛隊に出動要請した。
爆発が起きたのは、国道331号名城バイパスから西に約300メートル入った道路拡張工事現場付近。
周囲は山林に囲まれている、爆発現場から約250メートルの地点で規制線が引かれ、上空をヘリが3、4機旋回するなど騒然とした。
現場周辺では、事故を聞き付けた作業服の男性らが遠巻きに状況を見守った。
現場に隣接する泰眞寺では、爆発の影響で建物の窓ガラス一枚が割れ、庭には石や土が飛んできた。
5キロほど離れた同市大度や真栄平、西崎などでも爆発音が聞こえ、振動で建物が揺れたという。
現場を視察した上原裕常糸満市長は「非常にショックを受けている。
(沖縄偕生園の)部屋の中はガラスが散らばっており、ひどい状況だった。
沖縄戦の激戦地だった糸満市は不発弾が多く不安。
工事を進める上で十分に注意すべきだと感じた」と話していた。
糸満市水道部の担当者は「工事は岩盤を削る作業であり、岩の中に不発弾があるとは想定していなかった。
(危険物の有無を調べる)磁気探査は実施していない」と説明し、同調査は必須ではないという。
糸満警察署は不発弾とみられる破片を沖縄県警科学捜査研究所に回し、弾の特定作業を進める予定。
沖縄県防災危機管理課によると、県内では復帰後、不発弾の爆発による事件・事故が11件起きている。
不発弾被害は復帰後11件で死傷53人
沖縄県防災危機管理課によると、不発弾の爆発による人への被害は、県内では復帰後の1974年から2001年までに計11件発生した。
うち死者は計6人、負傷者は計47人で、1974年3月には那覇市小禄の下水道工事現場で地中に鋼材を打ち込んだところ、不発弾に接触して爆発。
死者4人、負傷者34人、家屋全壊14棟など過去最悪の被害が出た。
復帰後36年間で不発弾3万件処理,全回収までに80年
県内の不発弾処理件数は、1972年から2007年度までの復帰後36年間で3万24件、重量で約1758トンに上っている。
2007年度は781件、約25トンが処理された。近年の処理件数は年間600―800件で推移している。
国や県、市町村などの関係機関でつくる沖縄不発弾対策協議会によると、今もなお推定で約2500トンの不発弾が地中などに残されている。
不発弾処理を担当する自衛隊関係者は、すべての回収が終わるまで「約80年かかる」としている。
陸上自衛隊は県内で137万8060発の不発弾を回収したが、依然、約2500トンの不発弾が残っていると推定。
すべての回収が終わるまで「約80年かかる」といわれる。
長引く戦後処理は、沖縄戦当時、激戦地だった市町村を中心に、重い負担となってきた。
不発弾処理については、土嚢(どのう)や防護壁設置など処理作業の半額を自治体が負担していたが、2009年度から国の交付金などを充て、沖縄だけの特例措置として自治体の負担はゼロになる。
ただし、適用は公共事業で発見された不発弾に限られ、民間工事は対象外。
民間工事が除外されたことに「公共と民間で違いがあるのはおかしい」
県や自治体は、約4割の不発弾が民間工事で見つかっているとして、民間工事への適用拡大を求めている。
不発弾が完全に処理されて始めて、沖縄の戦後は来るのではないでしょうか?
過去の不発弾事故
1948年8月 伊江島で戦争当時の不発弾を島外に運び出す作業をしていた米軍弾薬処理船(LCT)が爆発。
民間の連絡船と同じ伊江港を利用していたため乗客、船員、出迎えなど死者106人、負傷73人、8家屋が全焼。
1966年10月 金武村(当時)海兵隊演習場で薬きょう拾いの女性が不発弾爆発で死亡。
1974年3月 那覇市小禄の私立幼稚園横の下水道工事現場で不発弾爆発。
4人死亡、34人重軽傷。家屋損壊80戸、車両被害41台。
1975年5月 知念村(現南城市)知念で護岸の上で白煙が噴出し、突然爆発。小学生2人が顔面にやけど負う。
1975年9月 伊良部町(現宮古島市)佐良浜で不発弾切断中に爆発。死者1人。
1976年7月 浦添市内間で不発弾に小中学生が石を投げつけ爆発。4人が重軽傷。
1978年4月 豊見城村(当時)我那覇で雑木を焼却中に不発弾が爆発。1人けが。
1978年7月 南風原町新川で原野火災が発生し不発弾が爆発。消防隊員2人けが。
1984年11月 嘉手納町水釜で不発弾を可燃処理物のドラム缶に投げ入れて爆発。小学生が足に裂傷。
1987年1月 那覇市長田で旧日本軍砲弾を解体作業中に爆発。1人死亡。
1989年4月 伊江村東江上で草刈り機が不発弾に触れ爆発。1人死亡。
1991年12月 糸満市大里で廃材焼却中に爆発。1人けが。
1995年 宮古島の住宅地で50キロ爆弾が爆発、民家の門柱などを壊した。
1997年11月 嘉手納町水釜の民家庭先で草刈り中に不発弾が爆発。1人が負傷。
2001年6月 具志頭村(現八重瀬町)安里の土地改良工事現場で作業員が削岩作業中、地中で爆発して白煙を上げている不発弾を発見。けが人なし
2001年6月 西原町マリンタウンプロジェクト埋め立て地で整地作業中のブルドーザーが黄りん弾の不発弾を踏み爆発、
運転していた男性が頭部に軽傷。
同月だけで同じ現場で4件の発火、爆発事故が発生。
2008年7月 那覇市首里末吉町の工事現場で不発弾らしきものから煙が出ていると110番通報。
無駄にばら撒く金は有る、しかし、今の政治は選挙の為のばら撒きには使うが、大事な人命の掛かる対策には使わない。
福祉の切捨て、高齢者への負担押し付け等、政治が悪いのは、政治家の質が低下している証拠。
選挙には政党で選ばず、特に今の「自公」充分に候補者を見て吟味して決めねば日本は「難破」してしまう。
今日の沖縄タイムス夕刊の記事から、(2009/1/14)
平日の朝、突然「ドーン」と大きな爆発音が響き、衝撃で近くの老人福祉施設や寺のガラスが割れた。
1月14日午前8時20分ごろ、糸満市小波蔵(こはぐら)の「老人ホーム沖縄偕生園」裏の歩道で、水道工事中に不発弾とみられる爆発事故があった。
付近には土砂が飛び散り建物はガタガタと揺れた。
ショベルカーを操作していた東信興建(豊見城市)の重機オペレーターが顔や頭に重傷を負い、県立南部医療センターに運ばれた。
搬送時には意識はあったという。

爆発現場に面した部屋のガラス窓のほとんどが割れ、部屋の中に飛び散っているほか、地面には建設機材の一部とみられる長さ約50センチのスプリング状の部品などが散乱していた。
駐車場の乗用車は後部座席のガラスが粉々に飛び散っていた、また、「老人ホーム沖縄偕生園」に前日から短期入所していた男性(75)が、右かかとにガラス片で切ったとみられる軽いけが負った。
爆発の衝撃で老人施設の窓ガラス100枚以上が割れた。
糸満警察署が現場検証し、事故原因などを調べている。
糸満警察署によると、重機オペレーターの古波蔵(こはぐら)さんは当時、水道管敷設工事のため、ショベルカーで深さ約一メートルの穴を掘っていた。
地中に埋まっていた不発弾に触れて爆発したとみられる。
現場にいたほかの二人の作業員にけがはなかった。
軽傷を負った入所者の男性は窓際に寝ていたという。
沖縄県立南部医療センターによると、重機オペレーターの古波蔵(こはぐら)さんは爆風で体の前面にやけどを負っており、特に胸から上の損傷が激しく重症という。
集中治療室で治療している。
会見した救命救急の神山佳之医師は「傷の程度はかなりひどく、予断を許さない状況。
しっかりとした診療態勢が求められる」と説明した。
爆発の影響で、現場には直径約5メートルの穴が開いた。
土砂などが約200メートル四方に飛び散っている。
不発弾爆発現場の小波蔵区には約60世帯200人が住んでいる。
近くにある泰眞寺の窓ガラス一枚も割れた、「ドーンという大きな音とともに、寺が揺れ、天井が崩れたのかと思うほどの衝撃で、まさか不発弾だとは思わなかった」と驚いた様子だった。
「あの辺りは第二次世界大戦の激戦地で、慰霊碑や壕もいっぱいある。不発弾が埋まっていてもおかしくない」。
沖縄県警は同日午後、現場近くに不発弾が残っている可能性があるとして、陸上自衛隊に出動要請した。
爆発が起きたのは、国道331号名城バイパスから西に約300メートル入った道路拡張工事現場付近。
周囲は山林に囲まれている、爆発現場から約250メートルの地点で規制線が引かれ、上空をヘリが3、4機旋回するなど騒然とした。
現場周辺では、事故を聞き付けた作業服の男性らが遠巻きに状況を見守った。
現場に隣接する泰眞寺では、爆発の影響で建物の窓ガラス一枚が割れ、庭には石や土が飛んできた。
5キロほど離れた同市大度や真栄平、西崎などでも爆発音が聞こえ、振動で建物が揺れたという。
現場を視察した上原裕常糸満市長は「非常にショックを受けている。
(沖縄偕生園の)部屋の中はガラスが散らばっており、ひどい状況だった。
沖縄戦の激戦地だった糸満市は不発弾が多く不安。
工事を進める上で十分に注意すべきだと感じた」と話していた。
糸満市水道部の担当者は「工事は岩盤を削る作業であり、岩の中に不発弾があるとは想定していなかった。
(危険物の有無を調べる)磁気探査は実施していない」と説明し、同調査は必須ではないという。
糸満警察署は不発弾とみられる破片を沖縄県警科学捜査研究所に回し、弾の特定作業を進める予定。
沖縄県防災危機管理課によると、県内では復帰後、不発弾の爆発による事件・事故が11件起きている。
不発弾被害は復帰後11件で死傷53人
沖縄県防災危機管理課によると、不発弾の爆発による人への被害は、県内では復帰後の1974年から2001年までに計11件発生した。
うち死者は計6人、負傷者は計47人で、1974年3月には那覇市小禄の下水道工事現場で地中に鋼材を打ち込んだところ、不発弾に接触して爆発。
死者4人、負傷者34人、家屋全壊14棟など過去最悪の被害が出た。
復帰後36年間で不発弾3万件処理,全回収までに80年
県内の不発弾処理件数は、1972年から2007年度までの復帰後36年間で3万24件、重量で約1758トンに上っている。
2007年度は781件、約25トンが処理された。近年の処理件数は年間600―800件で推移している。
国や県、市町村などの関係機関でつくる沖縄不発弾対策協議会によると、今もなお推定で約2500トンの不発弾が地中などに残されている。
不発弾処理を担当する自衛隊関係者は、すべての回収が終わるまで「約80年かかる」としている。
陸上自衛隊は県内で137万8060発の不発弾を回収したが、依然、約2500トンの不発弾が残っていると推定。
すべての回収が終わるまで「約80年かかる」といわれる。
長引く戦後処理は、沖縄戦当時、激戦地だった市町村を中心に、重い負担となってきた。
不発弾処理については、土嚢(どのう)や防護壁設置など処理作業の半額を自治体が負担していたが、2009年度から国の交付金などを充て、沖縄だけの特例措置として自治体の負担はゼロになる。
ただし、適用は公共事業で発見された不発弾に限られ、民間工事は対象外。
民間工事が除外されたことに「公共と民間で違いがあるのはおかしい」
県や自治体は、約4割の不発弾が民間工事で見つかっているとして、民間工事への適用拡大を求めている。
不発弾が完全に処理されて始めて、沖縄の戦後は来るのではないでしょうか?
過去の不発弾事故
1948年8月 伊江島で戦争当時の不発弾を島外に運び出す作業をしていた米軍弾薬処理船(LCT)が爆発。
民間の連絡船と同じ伊江港を利用していたため乗客、船員、出迎えなど死者106人、負傷73人、8家屋が全焼。
1966年10月 金武村(当時)海兵隊演習場で薬きょう拾いの女性が不発弾爆発で死亡。
1974年3月 那覇市小禄の私立幼稚園横の下水道工事現場で不発弾爆発。
4人死亡、34人重軽傷。家屋損壊80戸、車両被害41台。
1975年5月 知念村(現南城市)知念で護岸の上で白煙が噴出し、突然爆発。小学生2人が顔面にやけど負う。
1975年9月 伊良部町(現宮古島市)佐良浜で不発弾切断中に爆発。死者1人。
1976年7月 浦添市内間で不発弾に小中学生が石を投げつけ爆発。4人が重軽傷。
1978年4月 豊見城村(当時)我那覇で雑木を焼却中に不発弾が爆発。1人けが。
1978年7月 南風原町新川で原野火災が発生し不発弾が爆発。消防隊員2人けが。
1984年11月 嘉手納町水釜で不発弾を可燃処理物のドラム缶に投げ入れて爆発。小学生が足に裂傷。
1987年1月 那覇市長田で旧日本軍砲弾を解体作業中に爆発。1人死亡。
1989年4月 伊江村東江上で草刈り機が不発弾に触れ爆発。1人死亡。
1991年12月 糸満市大里で廃材焼却中に爆発。1人けが。
1995年 宮古島の住宅地で50キロ爆弾が爆発、民家の門柱などを壊した。
1997年11月 嘉手納町水釜の民家庭先で草刈り中に不発弾が爆発。1人が負傷。
2001年6月 具志頭村(現八重瀬町)安里の土地改良工事現場で作業員が削岩作業中、地中で爆発して白煙を上げている不発弾を発見。けが人なし
2001年6月 西原町マリンタウンプロジェクト埋め立て地で整地作業中のブルドーザーが黄りん弾の不発弾を踏み爆発、
運転していた男性が頭部に軽傷。
同月だけで同じ現場で4件の発火、爆発事故が発生。
2008年7月 那覇市首里末吉町の工事現場で不発弾らしきものから煙が出ていると110番通報。
無駄にばら撒く金は有る、しかし、今の政治は選挙の為のばら撒きには使うが、大事な人命の掛かる対策には使わない。
福祉の切捨て、高齢者への負担押し付け等、政治が悪いのは、政治家の質が低下している証拠。
選挙には政党で選ばず、特に今の「自公」充分に候補者を見て吟味して決めねば日本は「難破」してしまう。




