浜下り(はまうり)とは?
『沖縄大百科事典』下巻には(沖縄県内においては)「海浜に下りて災厄を祓い清める習俗、または旧暦3月3日に御馳走を持って海浜へ行き、潮に手足を浸して不浄を清め、健康を祈願して楽しく遊ぶ行事」とある。
また老若男女が浜辺で過ごしたり、女性だけが浜へ下りる地域などがあり、その他この日に海で亡くなった死者の霊を弔う地域もあるようです。
浜下りの由来には美男に化けた蛇の子供を身籠もった女性が浜へ下りて身を清め、洗い流したという伝説がある。
浜下り伝説由来とは?

浜下りの由来
昔々のその昔、ある御殿に姫が生まれた。
それはそれは美しい姫君でして、有りっ丈の愛情を注ぎ育てて来ました。
近隣の村まで噂が立つほどの美貌に育った姫君が17,8歳になった頃、
両親は姫君に悪い男が言い寄らないようにと、御殿を二重にも三重にも番人を置きました。
その姫君は、7重、8重の奥の部屋に居るにも拘らず、毎夜、夜中に騒がしくなる。
異様に感じた奥方は、姫を呼んで訳を聞くことにした。
奥方は、姫に尋ねた。
「姫よ、病気ではないかと思うがどこか悪いのか?」
姫君「別に悪い処はありません。」
姫君は「ただ、此処毎晩の様に、美声の好男子がやって来るのです。
二人で楽しい事をします。」と答えると姫君は何故か、顔を赤らめた。
奥方は「誰だろうね?」と心配して姫に聞いてみたが姫君にも何処の誰なのか、分からないらしい。
奥方は早速、物知りの所に行って、知恵を借りることにした。
物知りは、すぐに言った。
「これは、これは、奥方様。姫さまは魔物に取り付かれていらっしゃる。
今夜、姫君の部屋の襖[ふすま]をちょっと開けて覗いてみると判ります。」と物知りは答えた。
その夜になると、殿様と奥方は姫の隣室にやって来て、襖の蔭から娘の様子をうかがった。
真夜中、案の定、こっそりと美声の好男子が忍んで来るではないか!
殿様と奥方は、顔を見合わせて「ああ、これは何たることか!」と、つぶやいた。
奥方は、翌日、又、物知りを訪ねた。
奥方「やっぱり、美声の好男子がやって来たよ。
その上、何といっていいのか・・・、そのオ、そのオ〜 二人の世界を作っているんです。」
物知り「そ、その美声の好男子は魔物ですよ。
奥方様が紡いでいる麻の糸、着物を紡ぐ長い長い糸に針を通して、
男の髪に挿すとよかろうと思いますよ。男の正体が分かるはずです」と物知りはアドバイスした。
奥方は、すぐに御殿に戻って姫に命じた。
「今夜、あの美声の好男子が来たら、“かたかしら”(結髪、琉球王朝時代の武士の髪形)にこの針を挿しなさい」と
姫君は、すぐに「はい、そのように致します」と答えた。(昔の封建時代は、親の言うことを聞かなければいけなかったから、
素直に聞いた)
奥方は、姫君に「明日、男の髪に挿した糸を辿って、二人で跡をつけてゆくのですよ」と考えを言った。
翌朝、奥方と姫君は、その一本の糸を辿って行った、糸はどんどん延びて行く。
ところが姫君の住んでいる御殿からは、遠く離れた遠い、遠い山の麓[ふもと]にたどり着いた。
糸の端は、暗い洞窟の中へと続いている。
恐る恐る暗い洞窟の中を中を覗いてみると、・・・きゃっ! こ、これは。
暗い洞穴[ほらあな]の中に目ン玉だけが二つ、らんらんと輝やいている。
それは、何と大きなハブだ! これア、た、たいへんだ。

二人は腰を抜かしそうになった。
転けつつ、ようやく御殿に戻ったが、じっとしてはいられない。知恵を借りようと、震えながら物知りの家に駆けこんだ。
物知りは「奥方様、姫さまを連れて海においでなさい。誰も踏んでいない浜の砂を踏みしめて、海水で下半身をきれいに洗うようになさいませ」と告げた。
翌朝早く、奥方様は姫君を伴って、海に出かけた。誰も踏んでいない白砂を通り抜けて、物知りの言った通りに、海の水で姫の身体をきれいに洗った。
・・・すると、どうでしょう!姫君の身体から足元へ、ウジャウジャと小さなハブの子が、何匹も流れてきた。
姫君はもう一度海に入って、潮できれいにみそぎをした。このようにして、もとのような身体になった。
これが旧暦の3月3日のことだったのです。
その後「琉球の王様が命令を出して、上も下も士族から百姓まで、この日には、ウジュー(重箱)を作って、浜に下りて一日を遊ぶようになった。
“浜下り”は、今や塩日狩りに形が変わって来ているのですが、これも時代の変化に対応した、行事の一つ、昔の人の知恵を何時までも大切に伝えたいものだ。